独裁者は要りませんが強いリーダーが求められる矛盾

 夜半を過ぎてドコドコと音を立てて強い雨が降っています。昨日は雨の中で選挙演説をする関西方面の動画がありましたが、今日はこちら東京で冷たい雨の中での演説になるでしょう。昨日は近くのスーパーの前で男勝りのたいへん力のある熱弁を奮っていた共産党ですが、その活動を手伝ってチラシを配っているのは高齢者ばかりでしたので、この雨ですとキツイのではないでしょうか。

再三話題にしている通り、既成政党のコロナ対策はどこもワクチンあるいは経口新薬です。自民党だろうが民主党や共産党だろうが、そもそもの背後を当たって行けば国際的な資本家の影響がありますので、表裏一体ですから仕方ありません。IVMで済む話が、わざわざワクチンや新薬で儲けているのは理解しています。

 そしてこの茶番にマスコミが利用され、あるいはビックテックはネット情報に規制をかけていますので、広く一般ではデマとか陰謀論として揉み消されていきます。ところが今回の政見放送では、つばさの党アシタノワダイ党などがNHK党の諸派党構想に便乗したお陰で、普段では地上波に流れない話題を提供しています。

 しかしながら海外では、ビル・ゲイツ氏の過去の発言などから分かりますが、なかば白昼堂々、公然とコロナ茶番は推し進められています。豪州のマスク規制などは、武装した警察官がノーマスク集団をゴム弾で発砲し、あるいはよってたかって暴力で取り押さえる状況で、かの天安門事件を想起してしまいます。

 それを見ていると日本はまだマシだとは思いますが、ここからが難しいでしょう。例えば防疫の強化という点で、高市氏はエボラ熱を引き合いにより強い行動規制を実施できるような法整備を提案しています。良心からの懸念であり、至極まっとうなのですが、重要なのは万一の際、実際に誰が運用するのかということでしょう。

 今回、ほぼほぼWHOの言いなりになっているのは、民主党政権時に流行った対策として出来た新型インフル特措法が根拠になっているのですが、お役所仕事が国際協調の金縛りにあってしまい、また悪意も絡んでいるでしょうから、思考停止で日本の現状に即した対策が取れていないのでしょう。

 あるいは縦割り行政の弊害もあると思います。野球に例えれば簡単な話なのですが、フィールドの野手の誰がフライを捕っても良いのですが、ポジションに固執するとお見合いになるでしょう。平時においては整然と役割分担が出来ていても、あまりお隣に無関心でいると有事の際にも見て見ぬふりになりがちです。

 そして行動制限を課すような法整備もそうですが、デジタル化に伴っていつの間にか人間が機械の都合に合わせる社会になっています。それはまるで社会主義、共産主義を呈してきています。日本のような封建社会の名残りがある社会では大人しく乗り越えられるかも知れませんが、アメリカのような、その自由を独立戦争という血で贖った歴史から見ると、各地で暴動が起きるのは仕方ないでしょう。

 しかしアメリカが内乱さながらになれば、それこそ日本は自分の身は自分で守ってねという話にもなるでしょう。コロナは一旦、鎮静化してきましたが、既に色々な有事が想定されています。柔軟に即応できる良きリーダーが求められています。その一方でヒトラーの出現は許してはならない難所に来ています。

雑談

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