社会的死

 また雨になりました。結構しっかり降りましたので、店頭の展開は最小にして、店内の片付けを進めました。もともと定休日の月曜ですから、ほとんど来客もありません。

 さて、武漢コロナウイルスの社会的被害について書き留めておこうと思います。

 日本社会もアメリカ型の訴訟社会の様になって久しいです。むかし昔、米国では、濡れた猫を電子レンジで乾かそうとして、死んでしまったのは、「動物を乾かさないで下さい」と注意書きしていなかったメーカーに落ち度があると訴えられて、メーカーが負けました。

 医者は患者を励ますことも出来ません。滅多なことで大丈夫ですよなどと言おうものなら、万一の事があると、遺族から大丈夫と言ったじゃないかと責められる危険があります。

 今回のコロナ禍で、介護施設の入所者がなくなったのは感染していた職員に移されたからだと訴訟が発生しています。

 自身でもいつどこで感染したか分からず、無自覚のまま動き回って、その後、感染がわかった時に、それまでに行った先々から訴えられる可能性があるということです。タクシー会社から訴えられている人もいる様です。

 罹って死ぬリスクよりも、社会的な死の方がリスクが高い、、、厄介な状況になっています。。。

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