どちらでも構いません

 通常、月曜日は中央市会をめざして神田の本部会館へ向かいますが、今週は洋書会大市週間にあたる為、通常の市場は休会です。前線が通過しているのでしょうか、強風の吹くなかで開店して、店内整理を進めることにしました。

 途中、雨が降ったり止んだりで、風で吹き込んで来ましたので、店外の展開はほとんど無理でした。そして月曜はいつも締めていますので、常連さんはやって来ません。おかげで少しは仕事が捗りました。

 さてコロナ禍ですが、そもそもが無症状の人から感染するという論文が出たことで、今日の混乱があるのですが、それを否定する話も出て来てはいますが、覆ることには至らない様です。今後の世界の方向は、ワクチンパスポートによる管理社会を推進することにある様です。

 毎日毎日、PCR陽性者数が報告されていますが、毎年のインフルエンザを思うと、本当に大したことはありません。仮に、現在行われている一連の対策をやめてしまっても、拗らせると面倒な風邪という程度で通常の医療で十分対応可能でしょう。

 ですから今、国民的関心のある東京オリンピック開催の是非についてですが、本当のところは開催しても何ら問題ないということになるでしょう。既に海外からの観客はお断りしているのですから、尚のことです。それがオリンピックと呼べるものなのかはわかりませんが。

 その一方で、これだけ危ない危ないと煽って来ましたから、国民感情として無理して開催する必要は無いとなるのも道理です。ヤルヤルと言っておいていざ中止を宣言すれば、都知事は辞任して国政に復帰するチャンスと見ていた様ですが、その辺の内情は筒抜けになっています。

 個人的にはもう、どちらでも良いと思います。そもそもここ30年のショウビジネス化したオリンピックはほとんど見ていません。経費倒れしつつあったのを80年代後半から、放映権を売ることでビジネスとして成立させた経緯は理解できますが、プロ選手が加わることでつまらなくなったと思っています。

 さて、中止にする場合は、違約金が莫大だから無理だという話があります。しかしながら、放映権収入やチケット収入などは無くなりますが、契約に違約金の規定はないと聞いています。一方で、損害賠償を請求することは、裁判を起こす話ですから可能性はあるでしょう。

 ですが今、コロナを事由に大なり小なりの各種イベントが中止に追い込まれていますが、それで損害賠償訴訟が起きた話など耳に入って来ません。もしも、オリンピックを中止にしたことで、スポンサーや放送局が訴訟など起こしたら逆に企業イメージは失墜するでしょう。

前の記事

やっぱりザル

次の記事

選挙の年